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本田八夏

MagicBar 猪虎亭 マスターのブログ

感じる手品師

私は、ここ20年間
『手品の感想・実体験・熱い意見』 

というテーマで時々 文章を書いてためています。

今50個くらいです。

ここに載せたのは その一つで 10年くらい前に書いたものですが、
最近見たあるマジシャンの演技の中で
『間違いなく中に入れましたよね』 
を連呼しておられ、思い出して引っ張り出しました。

こんな感じの物ばかりだけど実は、
100個くらいたまったら本にしたいな~なんて
大それた夢が僕にはあります。


【手品しかわからない手品師 VS いろんなことを経験して心豊かな 感じる手品師】


🍀ある手品師が演技中に こう言った

『確かに結びましたね。』

一度ならまだしも、他の手品でも随所で連呼していた。

『確かに入れましたね。』
『閉めましたね』
『一個しかなかったですね』

この時点で彼は決して感じるタイプの手品師ではないと思います。

手品はそもそも不思議なものなのです。

それを我々は商売にしているのだから当然そこにプラスアルファしなくてはならないと思います。
花瓶屋さんがいつも花瓶を磨き、よりピカピカにし、さらにPOP・装飾し美しく見せるそれは
プロの花瓶屋さんとしてのプライドなのではありませんか。

それと同じです。
我々も そもそもある ≪不思議≫ を磨かなくてはなりません。
汚れがたまったまま何も感じず売ることはプロではありません。
ファンタジーを乗せてやる。
夢や想像を加味してあげるのです。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。

【マジシャンとしてそれぞれのやり方】

🍀彼の言ったセリフ

『確かに結びましたね。』 の向こう側にある真実

結んだように見せかけて実は結んでいない。

絶対とは言えないが、それが答えなのだろうと思います。

そして彼はアマチュアなのだろうと思います。

なぜそうと断言しないかというと、自らをプロと名乗る手品師のやっていることを馬鹿にはできないからです。
同業者のやり方やポリシー・芸風を批判してはいけないからです。


結んだか結んでないかは実はお客様が決めることなのです。

花瓶の例でいくと 花瓶を磨いてあるかどうかはお客様が判断する。
どれだけ必死に磨いたことをアピールしてもお客様は自分の目で確認します。

結んだように思うのはお客様の想像力、イマジネーションなのです。

≪お客様の想像力を徹底的に信じていく≫

観客が結んだと思わないなら、どう説明 どう必死に、確かに結んだ!と主張しようが結んでないものは結んでない。
たとえ結んだと思ってもらえても 強く 『結びました。』 と言ったら、 『実は結んでません。』 と言ってるのと同じなのです。
このセリフを多用してしまうことでこの手品師が "夢"のないタイプの手品師だということが確定しました。

くれぐれも申し上げておきますが、それがだめとは言っていません。
結んだところにリングが貫通したのだからとても不思議です。
結んだように見せるのも大変立派なマジックで私も多用します。

その人がそれを主義主張でやっているならとても良いことだし、時と場合によっては連呼することによって
大きな笑いにつながることもあります。


偉そうに言ってしまいましたが実はそんな大袈裟なものではなく
ただ私が 

相手の想像力を少しお借りして夢を乗せたもののほうが好きだな~というだけのことなのです。。。。

🍀手品を見せるということは、ただ不思議な現象を見せつけるのではありません。

スリル・不思議・ファンタジー・夢をお客様と約束する。

お客様から代金をいただき、それと引き換えに
≪お客様の想像力を信じるという契約書にサインしてお渡しするのです。≫

そうすることによって不思議さは10倍になり思い出は100倍になるのです。
素敵な思い出ほど人を健康にするものはありません。

私は若いころ大阪に住んでいて、梅田や阿倍野のデパートの手品売り場にちょくちょく行きました。
なぜか性格に反していつもこっそりちょっと離れて実演を見ているタイプの人でした。

そこで行われる実演者の方たちがなんとも凄い!
気に入って商品を買いはしたものの、『説明書通りにやってないやんか~! 』と感動したものです。

足されてる足されてる^^ 見事に個性と不思議が足されています。

そういう風に演じれるようになりたいと思い まず 夢 が膨らみます。

私は お金を払って 商品と一緒に夢をいただけたわけですから
なんとも得した気分。
なんと素晴らしい職業の方たちなんだろうと憧れ、

その頃からやはり、手品にはいっぱい個性感性が乗っかってたほうがいいな~なんて思うようになりました。


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【どちらでもない場合】
🍀それでは、結んだかどうだかわからない、
そもそも何が起こっているのかわからないお客様にはどうするか?

≪どうもしないです。≫

見て分からない方に対して、説明すればわかるだろうなどという感性はもはや ショー でなく授業です。

問題は観客側にあるのではなく たいていの問題は演者側が生みだしています。

観客と夢の契約を結ぶ技量と度量・人間的センスを持ち合わせず、訓練すらしないから、観客を信用できず必死で説明してしまうのではないでしょうか。
ひどい時はあげくの果てに
 『 わかりますか? わかるかな~>< 』 などという責任転嫁な言葉まで出てくる。


わからまい方は何をどうしてもわからない時もあるものです。
私の文章にしてもわからない人には永遠にわからない、わかる必要のないくだらない文章なのです。


最後になりましたが、
『結びました』 それがあかんとは言ってません。
夢のある手品にお金を払いたいということです。