本田八夏

MagicBar 猪虎亭 マスターのブログ

② 恩師に希望

僕には父 母 兄弟 家族と同じだけ大切な人がいます。

大阪太平寺中学3年の担任。

僕が15のとき 32と言ってたように思うので間違っていなければ現在65歳だ。

中学を卒業してからもいろいろお世話になった。
高校も後押ししてくれた。サッカーも後押ししてくれた。
この人が俺の人生そのものだったかもしれない。

20歳になるまで毎週会いに行っていた。
22歳で些細な事件を起こしてしまったとき、身元を引き受けてくださった。
近鉄俊徳駅のガード下でバチバチに殴られ前歯が折れた。
先生の知り合いが経営している京都の料理屋を紹介してもらいそこに住み込みに入った。
かかさず手紙も出した。27歳で結婚のとき、保証人になってもらった。
卒業後15年、30歳で一緒にめちゃくちゃ酒を飲んだ。
俺の子供も抱いてもらった。その先生の子が京都の大学生になった時、一緒に一日中下宿アパートを探し回った。

40になった時も飲んだ。45歳の正月に自宅に挨拶に行った。『本田ー! 元気か! ^^』
と言っていつもの馬鹿握力で手を握り締めてくれた。

毎年数回だがかかさず電話をしたり、手紙や年賀状をだした。


46歳の夏にも自宅へ行った。


『本田君』と言われた。


去年47歳の冬に 俺のことをあまりよく思い出せないことを奥さんから聞いた。


アルツハイマーは残酷すぎる病気だ。


あの先生が!あの先生が!と毎日思う。まさかあの人が!と毎日思う。


言葉は悪いけど、俺は今まさに夢に希望を持っている。
あの偉大な先生ならなんとかなると信じている。

人は鍛えればどこまでいけるのだろう!そう思わせてくれた先生。
あの人ならきっとよくなってくれると思い、夢や奇跡やなんやかんやが悲壮感通り越して希望になって押し寄せてきた。



勉強を教わった記憶があまりない。

歩き方ばかり教えていた。前へ進む方法ばかり説いておられた。

『この世で一番悪いことは 裏切り。』 『仲間を見捨てるな。』 『やる時にはやるのだ!』
そればっかり言っておられた。

殴られたり、拉致されたり、修学旅行でもないのに放課後、車に乗せられ山奥で飯ごうすいさんを教わったり。
とてもよく覚えているエピソードがいくつかあるが、その中で

運動会、リレーでアンカーだった俺は先頭を走っていたが、二位がどこにいるか確かめるのに後ろを振り返った。
結局一位になったが、『こんな一位返して来い!』と言われた。
『必死で勝負してる最中に 何を後ろ気にしとるんじゃボンクラ!全身全霊を込めてまっしぐらに前に進んどったら後ろ見てる余裕なんかあるか!ぼけ! 手を抜いた一位なんか返して来い!』

30年以上たった今もなお勇気を与えてくれる言葉。

師 とは、永遠に教えてくれる人のことだと思う。