本田八夏

MagicBar 猪虎亭 マスターのブログ

弔辞

今日は弔辞です。

ブログでお悔やみもおかしいけど、たまにはいいです。
暗いのも嫌いだし、人に見せたり聞かせたりするものでもないけれど、自分のブログだ。
心に残しておきたい。だから初めて書く。

親父は5年前に亡くなりました。

苦労の多い人だったように思います。めちゃめちゃ働いていた。
嘘ついたこともあったやろうし、おかんにしんどい思いもさせたやろうし、借金もあったんだと思う。
人に笑われたこともあったんちゃうかな。

でも、

決して人の事を恨まん人やった。人の悪口を言わず人のせいにしない。自分で責任を取る人やった。
おかんとか叔父叔母に聞いたら 破天荒で酒好きであかんとこの多い人間やったらしい。
俺も子供の頃、麻雀と競馬ばっかりしてる親父のイメージが強く残っている。

それでも絶対人は恨まんかった。それを生きるための自分のルールにしてたんだと思う。

『人のせいにしない教』という宗教の教祖やったんやろね。

死ぬ間際、『充分幸せやった。』と言い残して死んでいった。


死ぬ間際に残す言葉。人間は綺麗事を言うのか! いや、そうじゃないはず!
人のせいにしない教、人を恨まんルールを貫いたんやと思う!
俺は叔父叔母、兄弟に、親父は男の中の男やったと言ってあげた。

そんな親父の子に生まれたのが俺。

手品師になってしまった。

俺もまた、仏教やキリスト教やら真言宗やらなんだかんだの宗教を持っていない。いわゆる無宗教です。

お悔やみの仕方も知らん。仏教徒でないので、ご冥福をお祈りします。という言葉も使わない。
"死"に直面した時、あまりにも無作法な奴です。


だけど偲ぶ。

いつも偲ぶ。

思い出すのです。故人を。涙を流してしまう。

親父もそう、同級生の柳井もそう、お客さんの山本さんもそう。
生きててくれたら!と思う。
夢にちょくちょく出てくる。

無作法な俺でも、思うことは知ってる。思いを大切にする仕方は知ってる。

だから俺は、『故人を思う教』という宗教です。

自分の宗教もやりながら親父の 恨まん教 も見習いたい。



びっくりすることに15日の夢に親父が出てきた。
何かあると思いました。

よー考えたら9月16日は親父の誕生日だ。
はは~ん^^ 会いに来よったな!と思った。


おととい16日。

弟子の吉備八丸の祖父が亡くなられた。。。


何日か前から具合が良くないとは聞いていたがその日に召された。

亡くなる前、ほんの数時間前、吉備八丸とおじい様は電話で会話された。

後で吉備八丸に聞いたら、吉備八丸の名前を呼んでくれたらしい。他は小さくてか弱くて聞き取れなかったらしい。

話すことなど困難な危篤状態だったのだそうだ。

吉備八丸は俺の息子とかわらない年齢。ということはおじい様は俺の親父と年が近いのかもしれない。
激動の人生を歩んできたのだろう。

あと数時間で死んでしまうかもしれないという状態の人が電話で必死に孫と話す。

なんという精神力。俺は心からおじい様を尊敬する。いつまでも偲ぶ。
おじい様は自らのルールと宗教を貫かはったのや。

孫のために命を燃やす。男の中の男やと思いませんか!

その根性を吉備八丸もきっと受け継いでくれると思う。

おじい様は尊敬に値する人だ!

聞けば、本当に良いお顔で逝かれたのだそうです。

立派な人とは死ぬまで立派なのですね。


吉備八丸を育てることで、おじい様に負けないよう俺もがんばりたいと思う。


近く、弟子と二人で島根県の祖父の元へ墓参りに行ければとかけがえなく思っている。