本田八夏

MagicBar 猪虎亭 マスターのブログ

黄金の100円貯金

せいぞうは同級生。
大阪の豊中市に生まれる。

清三のオヤジは鋳物職人。

オヤジは清三が生まれた日に100円貯金した。
次の日も100円貯金した。
使われていない四角い水槽。少し隅の方に緑色の苔が残っていた。
そこにオヤジは毎日毎日100円ほりこんだ。

ほりこむ度に
『なんまんだぶなんまんだぶこの子が健康に育ちますように。』
と念仏を唱え、あくる日も100円貯金した。

そういうたちなんだったのだろう。

鋳物工場は繁盛していたそうだが清三のオヤジは金持ちではなくいつもボロを身に付け贅沢せず仕事一筋の人で、息子に毎日100円貯金することが人生最大の挑戦だったようである。

がしかし昭和40年の100円という金額は大変な額だったと思う。
ハイライトというタバコが90円くらいだったそうなので毎日タバコを吸うより贅沢だ。

清三のオヤジは50歳の時に胃癌で亡くなられた。清三23歳の秋のことだった。
亡くなるまでの23年間毎日100円貯金を続けておられたそうです。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

45歳の時に鋳物工場が潰れ、オヤジさんは西鉄という機械屋さんに勤めていた。
工場時代の借金があり、家はどちらかというと貧乏なほうだったが清三は頭が悪かったので大学を考えてなかった。高校を出てすぐに西濃運輸という会社に勤めたので親子4人(3こ下の妹)で暮らすのに必要なお金はぎりぎりあった。

オヤジさんは清三にこう言った。

『継続しろ!お前が50歳になるまでどんなに貧乏でも毎日100円貯金続けろ。いろんな意味で凄いことなんや。誇りが残るんや。わしに変わってやり遂げろ!』

清三は100円貯金を続けた。
銀行に入れず、家の壺に入れていった。
ぱっと見るとゲームのコインやらアイスクリームの当たり棒も見えたが、100円銀貨がこんだけあるのはアッパレで感動な光景であった。

清三42歳の時に、サングラスの輸入代行販売(プロレスラーの蝶野がしてるやつとか野球のイチローがしてるやつ)の事業に失敗して借金。嫁とも別れる。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

『百円貯金の金使ったらあかんかな?』 と俺に相談してきた。

俺は即座に、使ったらええ!こんな時のためにオヤジさんはこれをさせたんや!使え!、、、、、、、、、と言いたかった。。。。。。でも、

俺に相談してきたくらいだ。本当は使いたくないのだろう。
時には100円と言わず毎日1万円くらい貯めていける景気の良い時もあったやろ。

額やないのかもしれん。

50で亡くなったオヤジのためにも、約束の50歳まで継続したいだろう!

俺は
『少しなら貸せるぞ、100円貯金は手をつけない方が後悔しないと思う。』

そう言うと清三はなぜか笑っていたように思います。
止めてくれてありがとうという感じかもしれません。

損して得を取るとはまさしくこのこと。 結局使いませんでした。

人の日課というものはそれぞれ皆さんにあるのでしょうが、その意味なんかは他人にとっては価値のないことかもしれません。
ましてや当時の100円は高価なのに、今となっては100円です。

49年間!49年間ですよ! どんな精神力どんな気持ちでやってきたのか。

清三は現在、中古車販売で儲かって元気をとりもどしている。
娘にもたまに会いに行っているそうです。

あと1年本当に楽しみだ。

あの時止めて本当によかった。


継続は力


今日これを書きたくなったのは、
僕のブログを読むことを日課・楽しみにしてくださってる方のことが、、、そして本日も来てくださいましたが猪虎亭に何度も来てくださるお客様を見て、ちょっと大人気なくうるっとなぜかきてしまい清三の話を思い出しました。

継続して猪虎亭・八夏とお付き合いして下さる皆様にどうお礼を言って良いかわかりません。

心から感謝致します。




おっちゃん率の非常に高かった金曜日

IMG_3907.jpg
IMG_3909.jpg


マジックバー初体験様率が非常に高かった土曜日

IMG_3912.jpg
IMG_3911.jpg


皆様これからもどうか宜しくお願い致します。