本田八夏

MagicBar 猪虎亭 マスターのブログ

《 エクソダス 》 ②

エクソダス①では映画について語ったが、
②では映画を通して、弟子について語ってみる。


いつも気楽な日記だが、ごくたまに手品のことや人間関係について熱く語りたくなり 日記にする。

これはそのごくたまな真面目な部類の日記である。

神の仕業・超常現象 と 科学

《科学》 の一発で解決する方もたくさんおられるのだろう。
神が怒って火山が爆発した。  地殻変動にによる。
神のご加護により山の麓の温度が暖かくなった。  フェーン現象
幽霊  磁気の影響を脳が受け、過去に見た記憶の人物を今見ていると錯覚する。

そりゃそーでしょうよ!
大抵のことはそうなんだろうと思います。

そこを突き詰めた人にとっては、
『だからって科学で証明できないこともあるでしょう!』 という熱い叫びすら馬鹿げた妄言ととるのでしょう。

そこに宗教なのです。
信仰心。これのある方は科学ですまない。

愛とか欲とか憎しみ、慈しみ、、、みんなまとめて心に強く信念を抱くから震えるほど熱い気持ちになる。
この気持ちはとんでもない宇宙で科学はまだ追いついてないはず。

心拍数の上昇による血流の増加がアドレナリンを分泌させ、、、、、、、、、それが恋の正体だ

なんてことを言った科学者もいるが、なかなか面白いけど夢はない!

本田八夏は無宗教だけど、八百万(やおよろず)の神派だ。
お守り好きで神社好き。迷信、神話大好きだ。

《 神 と 科学 》 そして 《アホ と 医学》

本題はここです!これが言いたかった。

超常現象を科学で片付けた時に納得や関心、そしてなにより進歩があります。安心にもつながるでしょう。
だけど夢はない。 いや!考え方によってはそっちのほうが夢あるか!

だがどっちにしても夢はあったほうが良いと私は思います。

モーゼは神と話していたが、医学的見地から二重人格で自分と話していたという説がある。
津波や疫病を神に教えられたのではなく予言できた。
その御技の大きさに躊躇し恐怖し、耐えるために神を出現させた。

まさに信仰心だろうと思います。
そして自分なりの方法で恐怖に立ち向かっています。

アホ を医学的にとらえ、病名をつけて治療しようとする向きの進歩は目覚しいものだと聞きました。
昔は アホにつける薬はないと言ったものですが、最近ではそうではないようです。

吉備八丸 ハッチ ともにとんでもない阿呆ではありますが、医学の本から学んだ指導方法で随分と日常生活が潤滑になったことは間違いないし、隠したくもありません。

医学的な根拠による対応方法・治療論が精神科のお医者様や研究者により発展確立され、大変多くの方が助かり恩恵を受けているのではないでしょうか。

私も実際、精神科の先生に指導してもらいながら弟子と接するようになってからは本当に心が楽になりました。

だけどそこなのです。すべてを医学で片付けれるものではない!

ハッチに おにぎりの梅買ってきてと言うと
おにぎり鮭と梅干を買ってくる。おにぎり100円 梅干500円 計600円使ってくる。
この時点で あれ? とは思わなかったのか!

頭の中で整理できないのです。パニックになってる。
失敗したらあかんとか焦りがまともな判断を妨げる。

そこに対しては医学的対処が有効だと最近学びました。
リラックスさせてあげて、落ち着いて考えられるように持って行ってやる。そうすると割と失敗率が減る。
ということは私側が弟子に合わしてやらないといけないのはお分かりだと思います。

芸事の世界、厳しいこの世界そんな悠長なことやってられません。
しかも俺にそんな時間はない。

だけど思います。せっかく俺を頼ってきたアホ二人、何かを犠牲にしてでも導いてやろうという気になります。

医学的にどうこうできない面。
それは経験だ。

ハッチも吉備八丸も親が経験させてないから突出して世間知らず。
水道が壊れたらパニック。ブレーカーが落ちたらパニック。トイレが詰まったらパニック。。。。。。
いちいちパニックになりよるから毎日そのケアに大変だ。
吉備は食器を割って混乱し、失神したまま洗い物を続けたので大量に血が出るくらい切ったことがある。
商売どころではなくなったのはまだ新しい思い出である。

俺は子供の頃から親に教わったし親のやることをよく見ていた。
親は俺に言った。
『あほんだら!パンクしたくらいで自転車屋持って行ってどうすんのじゃ!高つくやろ、己で直せ!』
そして修理をオヤジに教わった。 雨樋の修理、釘の打ち方、木の登り方、ゆで卵の作り方、熱燗の仕方、、、
オヤジがいたから手品師になれたようなものだ。

だから続いて先生の言うこともよく聞いた。
出来るようになる喜びを小学生の時に得たから中学でもよく聞いた。
残念ながら成績は思わしくなく、ほとんどの高校は無理と言われたが生き方については大変一生懸命に学んだ。

吉備とハッチは幼い頃学ばなかった。そのせいで失敗をした。皆の前で出来ないことを笑われた。
失敗を恐れるようになった。恥をきわめて避けるようになった。
失敗を避けるために何もしないで引きこもった。
二人共、20~22歳の時に引きこもった。
世に出れば失敗の恐怖だらけだ。 だから篭った。

失敗の恐怖に立ち向かい、勝利をつかましてやらないといけない。

スティーブチャンドラーの本にこんな一節が出ていた。

恐怖は死よりも沢山の人を殺す。
怖いからそれを避けて生きていけば、一生逃げ回って生きているのと同じ、活き活きと生きているとは言えない。


『何かが怖いなら、その何かを実際に行うことが、恐怖を克服する唯一の方法だ。』


関係ない話だけど、精神科のお医者様は手品を好きな方が多いようだ。
うちのお客様にも にさん人いる。以前に教えた生徒さんにも数人いる。

不思議なことに偶然かもしれないが、精神科の先生に新しい手品を教えるとある決まり文句を言う。

『これ私には無理ですよ。』 『私には無理じゃないですか。』

初めてのことを何やらソフトに拒絶する。

初めて = 未経験 = 練習できていない = 失敗する = 恥をかく = 怖い 

そしてそこから逃げる。 これが患者の心理だとすると、私の知る精神科医もまた、恐怖から逃げ回っていた経験をもつのだろうかと想像した。
だがこの 『これ私には無理ですよ。』 が決定的な違いだと思う。

これは立ち向かおうとする意思表示なのだと思います。

吉備とハッチはこんなことは絶対言わない。そもそもはなから逃げます。

たまたまか偶然かわかりませんが私の知ってる手品好きのお医者様は皆言う。

恐怖に勝てたのかどうかは別として、医者として人として立派に恐怖に立ち向かっていることは事実だ。

だからその人の言うことが信頼できる。弱いからこそ信頼できる。

俺は、絶対できるからやってみなさいと言う。 すると彼らはチャレンジする。
この違いを弟子たちにも学んで欲しい。

何でもかんでも科学や医学で解釈するのは大反対だが科学医学の偉大な実績、研究者たちの努力の結晶を学んで取り入れて努力して初めて、1%くらいの根性論を混ぜていいのかなと思います